大判例

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大分地方裁判所 昭和60年(ワ)898号 判決

原告

佐賀関信用金庫

右代表者代表理事

田中喜一郎

被告

大塚英三

主文

一  被告は、原告に対し、金二三六万三九八七円及びこれに対する昭和六〇年八月三日から支払ずみまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、訴外野村藤江に対し、次のとおりの約定で金員を貸し付け、被告は、右貸付けにつき連帯保証をした。

貸付日 昭和五五年二月一三日

金額 一二〇〇万円

利息 年一〇・〇〇パーセント

弁済方法 貸付金を二四〇回に分割し、昭和五五年三月一五日を第一回とし、毎月一五日一回につき五万円を右利息とともに原告方に持参して支払う。

弁済期日 昭和七五年二月一五日

期限後損害金 一箇年につき一八・二五パーセント

連帯保証人 被告のほか、訴外幸忠雄、同野村清美

2  なお、これに対し、訴外野村藤江は、元金六五万円と昭和五七年一二月一五日までの利息金を支払つたが、その後の債務を履行しないので、原告は、担保物件を任意競売に付し、昭和六〇年八月二日競売代金八一〇万六六九五円の配当を受け、これを、別口の貸付分と分け次のとおり本件元利金に内入充当した。

元本五六二万二〇二六円(内入金)利息二三一万六二七三円(ただし、元本一〇三五万円に対する昭和五七年一二月一六日から昭和六〇年八月二日まで九六一日間の年八・五パーセントの割合による遅延損害金)

したがつて、本件貸付金については、残元本四七二万七九七四円、及びこれに対する昭和六〇年八月三日から約定の年一八・二五パーセントの遅延損害金の支払債務が残存することとなる。

よつて、原告は、被告に対し、右残元本の内(二分の一)金二三六万三九八七円及びこれに対する前記配当日の翌日である昭和六〇年八月三日から支払ずみまで約定の年一八・二五パーセントの遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

認める。

三  抗弁

(第一次的主張)

1 被告、訴外幸忠雄と原告とは、昭和五八年一〇月初め頃、訴外野村藤江の担保物件を任意競売に付し、その競売代金を弁済のため優先的に充当する、ただし、競売価額が一二〇〇万円程度であれば競売期日前に買い受け、又は、他に斡旋する、したがつて、原告は被告に対し競売期日を早めに知らせる等について(三者)合意をし、もつて、原告は、被告に対し期間入札の日時を通知すべき債務を負担し、被告は、右競売物件を期間入札前に競売手続外において買い受け、又は、他人に買取り方を斡旋する権利を取得した。

ところが、原告は、裁判所から、本件担保物件の期間入札が昭和六〇年五月二日からである旨の通知を受け、かつ、裁判所の公告によつて最低売却価額が八五三万円程度であることを知り得べき事情にありながら、故意又は重大な過失によつて、被告にその旨の通知をしなかつた。

原告が、被告に対し期間入札の時期を通知していたならば、被告は、競売事件外において競売に付された物件を一二〇〇万円で買い受けること、又は、他に斡旋することができた筈である(弟訴外大塚勝三が一五〇〇万円で買い受けることを承諾していた。)。

しかるに、原告は、最低売却価額が八五三万円程度であるから、被告が当然買い受けるであろうこと、及び、右の売却価額では全債務を償還するに足りないので保証人である被告に負担がかかることは、裁判所の公告によつて予見し、又は、予見することを得べかりし事情にあつた。

しかして、前記のとおり、原告は、故意又は重大な過失によつて右通知をしなかつたので、被告は、競売手続外における本件担保物件の買い受け、又は、斡旋の機会を奪われたことにより三〇〇万円の得べかりし利益を喪失した。

右三〇〇万円は、原告の責に帰すべき事由による通知義務の懈怠という債務不履行により生じ、被告に与えた損害である。

よつて、被告は、昭和六一年三月一三日の本件口頭弁論期日において、原告の本件請求債権金二三六万三九八七円と右損害賠償請求債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(第二次的主張)

2 仮に、第一次的主張が理由がないとしても、本件担保物件の競売による売却代金八五三万八〇〇〇円と被告が買い受ける筈であつた一二〇〇万円との差額三四六万二〇〇〇円は、原告の責に帰すべき競売財団の減少による損害額であるから、右金額を被告と訴外幸忠雄とで二分すると一七三万一〇〇〇円となり、これが原告の被告に与えた損害額である。

よつて、被告は、前同様、原告の前記本件請求債権額と右損害賠償請求債権額とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、被告、訴外幸忠雄及び原告間で、昭和五八年一〇月初め頃、被告主張の(三者)合意がなされたことは否認し、その余は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求の原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二ところで、抗弁としての第一、第二次的主張とも、被告、訴外幸忠雄及び原告間で、昭和五八年一〇月初め頃、被告主張の法的(三者)合意がなされたことを前提とするので、右の成否の点について判断する。

右法的合意の成立については、被告本人尋問の結果中には直接これに副う供述部分が存し、証人新川準三の証言中には直接これに反する証言部分が存するところ、本件においては右直接的供述・証言部分を直接的に裏付けるような書証などは存在しない。

しかしながら、前示争いのない事実、〈証拠〉を総合すれば、次の各事実が認められる。

1  本件貸付けの主債務者訴外野村藤江は、食堂兼仕出し業を経営していたが、設備投資過剰で負債がかさみ、同連帯保証人の一人訴外野村清美と夫婦でいわゆる夜逃げをしたので、原告は、右夜逃げ後である同年一〇月一七日本件貸付金債権の担保物件について任意競売の申立てをした。

2  原告信用金庫坂ノ市支店長訴外新川準三は、右競売申立後、本件貸付けの連帯保証人である被告及び訴外幸忠雄に対し、電話で「主債務者が夜逃げしたので、返済について相談したいから。」と来店を促し、同年一〇月二四日、同支店において、両名と本件貸付の整理案について協議し、担保物件の所有者が行方不明で実印、印鑑登録証明書が入手できないので、これを任意売却しようとしても、することができないという前提で、右競売申立ての事実を告げ「当日現在で債務残高、元本約一〇五〇万円、利息約二〇〇万円であるから、本件担保物件が一二〇〇万円程度で競落されれば、落ち着くので、お互に落札希望者を探そう。競落までには一、二年かかるが競売の期日が決まれば連絡する。」と述べたのに対し、被告は「(本件貸付けの整理のためには)競売申立てしかない。本件担保物件は一二〇〇万円の価値は十分にある。競売期日が指定されたり、競売価額が決定されたら知らせてほしい。」と述べた。

3  被告は、昭和六〇年三月一二日右支店を訪れ、競売の模様を尋ねたが、訴外新川が「(元利残金合計が)約一五〇〇万円にはなるので、入札に参加してほしい。」と申出たところ、被告は「高価過ぎる。自営(建設)業が苦しいから駄目だ。他所からも原告からも借入れができないし、今それどころではない。入札には参加できない。」と断り、なお、その際、被告において買受希望者を斡旋するような話は一切行なわれなかつた。

4  本件担保物件の任意競売は、入札の方法でなされ、同年五月中旬落札されたが、原告は、被告に入札の希望などはないものと考え、入札期日・最低売却価額等の通知はしなかつた。

5  原告は、前示配当後である昭和六〇年秋頃、被告及び訴外幸に対し本件残債務の支払交渉をしたところ、訴外幸は「残債務の半分を支払う。」と述べたが、被告は「原告が競売価額などを知らせなかつたので支払わない。最低一二〇〇万円で兄弟か知り合いに買つてもらう約束をしていたではないか。法的手続を取るように。」と主張して、支払を拒絶し、本件訴訟に至つた。

以上のとおりであつて、右各認定事実に証人新川準三の前示直接的証言部分を総合すれば、一方で、原告は、昭和五八年一〇月二四日、被告に対し「原告は、本件担保物件の任意競落手続における売却期日・最低売却価額などが決定されたときは、これらを被告に対し連絡する。」との約束をしたことが認められるものの、他方で、右約束は、(右連絡の有する一般的意味・機能を考慮に入れても)その内容自体のほか、本件においてそれがなされた前示のような前後の諸情況に照らしてみれば、本件貸付金債権・債務の回収・返済のための整理実行の過程において、右の目的の可及的・効果的達成のために要請された事実上の相互協力態勢の一環として、原告側で右連絡を分担していくという意思の表明に過ぎず、およそ、その性質上、特別の事情のないかぎり、双方に法的保護に値するような経済上・生活上の利益の発生・変動についての意欲を伴うといつた種類のものではなく、また、本件債権者・連帯保証人間の従来の保証法律関係に新たな法律関係を追加しあるいはこれを一部変更しなければならない程の出来事とはとうてい考えられないし、かつ、本件においては右の特別の事情も認められないのであるから、右約束は、被告本人尋問の結果中の前示直接的供述部分が存在するにもかかわらず、被告主張のような法的効果を生じさせる法的合意(契約)であると認めるには足りない。

そして、本件においては、右判断を左右するに足りるような証拠その他の資料は存在しない。

それゆえ、被告の前記法的(三者)合意の成立の主張は理由がなく、右法的合意の成立を前提とする被告の第一、第二次的抗弁は、その余の点について判断を進めるまでもなく、右の前提を欠く失当なものといわなければならない。

三よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官江寛志)

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